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タムナーンチィウィット
この項は当サイト留言板で様々な情報を提供していただいているアーノン氏が気ままに連載している"アーノン寝言専科”を一つにまとめた物である。
それがあまりにも貴重な情報なだけにこのままレスが増えるたびにどんどん流れていくのは大変勿体無い!そう考えた私は急遽、新項を作成した。
アーノン氏プロフィール
日本のフォークソングからアジア各国の音楽まで幅広く20年以上に渡り聴き倒し、現在は様々なジャンルを一度に聴くことのできるタイのモーラム・ルークトゥンに続くもう一つのブルーズ"プレーンプアチィウィット"で耳を潤す。
タイ人もびっくりのその豊富なタイ音楽知識の裏には年間100本を越す音源収集と多方面からの情報収集がある
カラバオ雑学集
<バイク編>
通算11枚目「ウィチャ・ぺ」のジャケットでお分かりのようにエット、レック先生はハーレーダビットソンの愛好家。そして通算18枚目「チェ ヤン マイターイ」には「ハーレーダビットソン」言うタイトルの楽曲が収録されています。
アルバム発売当時、バイクタクシーはこのジャケットゼッケンを付けていましたね。
そして今回のカラバオ来日実現には・・・
ハーレーです!
http://www.k-u-r.net/
こちらが「ハーレー…」が収録されたアルバム
<刺青編>

エット、ティアリー先生の腕には
カラバオトレードマークの刺青が彫られていますが、
レック先生は刺青は入れていません。
ヒゲがトレードマークの代わりを成しています。

このヒゲは水牛をモチーフに・・・

<射殺陰謀編!?>
農民に対して敬愛の念で歌われた楽曲が多い私の大のお気に入り、エート先生ソロアルバム「WORLD」。
ここに収録されている「ルアンポー・プラジャック」
高僧プラジャックに関して書くと長くなる事と当時の政権に怒りと憤りが甦り憤怒するのでここには詳細は書きません。
高僧プラジャックの再逮捕を恐れ寺院を高僧プラジャックと行動を共にして居たエート先生だったが、所在確認が出来ない数日に不審者から自宅に「エートはすでに死んだ」との脅迫電話が実際にかかり騒然となった。
その後、直ぐにコンサートに現れ健在をアピールしたけど、エート先生が1番精神的にも不安定な時期であったような気がする。
その後高僧プラジャックは政府見解無しの謎の死。
あ〜何度こんなことを繰り返すのか〜
(親父ギャグになっているけど分かる人は居るかな!?)


<製作編>
初期アルバム(VOL,1〜10)の版権コロコロ変わるから色んなメーカーから発売される。私が知っているのでは・・・
古い順に(販売)AmiGO(LIGO)→ KNC→KNC(MGA)→WARNER
VOL,11からワーナーが殆どだけど・・・
VOL,13 「CHANG HAI」(1993)は、大手からの販売だと、色々活動の制限が多大だったので、プアチィウィットのアーティストが集結して「SOUND・SOUND」レーベルを結成。(製作SOUND・SOUND販売D・DAYプロモートWELWARN)
「SOUND・SOUND」がレコーディングスタジオを完備していたので、大手からは絶対ボツにされる楽曲を録音。
エート先生のソロ・アルバム「ノー・プロブレム」も、元々は「SOUND・SOUND」製作で、収録10曲中6曲が放送禁止扱いだった。後に「ノー・プロブレム」はワーナーから再販されていますね。
SOUND・SOUNDは数年で即解散してしまったのは残念。
VOL,16 「HAAK HUAJAI YANG RAK KHWAAI」(1995)
はONPA後にKNC(MGA)で「2イン1」のタイトルで再販されている。
LPのように見せました
<レコード編>
今LPレコードを発見出来るのか?
極僅かな望みがあるなら20〜30年昔に栄えていたサムペーン市場の一角のレコードを取り扱っているお店が数件存在している。(中古かも知れないけど)色褪せた「ウエルカム・タイランド」のジャケットが埃を被って無造作に飾られてあるお店も2年前には存在したけど・・・
当時のLPレコードでは容量の問題なのか、カセットとは収録が異なるのも多々ありました。
しかし見つけたとしても、気候風土と保存状態を考えると、現在聴ける要素は皆無かも知れない。

こちらは通算16枚目のアルバム
<高額CD編>
久し振りにオリジナルメンバーで完全復活した
通算16枚目のアルバム 「HAAK HUAJAI YANG RAK KHWAAI」(1995年)
ここでのオリジナルメンバーとはエット、キョウ、レック
タニット、ティアリー、パオ、オーット
精力的にライブ活動を展開して翌年に2枚組の
ライブ盤(15 PII- PAAK MAA)が発売されましたが
その値段は何〜と600バーツ。
ジャケットの中央にお守りが付いていたので
通常よりは高額の値段になっていました。
またライブファイナルステージのビデオテープも
当時発売されましたが昨年CD3枚組
(PID TONG LHUNG PRA)で再々発売されました。
定価190バーツ
一番来日回数が多い
タイ・アーティストは?
カラワン来日に寄せて!
日本への来日回数、コンサート回数、延べ観客動員数を考えればタイ音楽でカラワンを越えるアーティストはこれから存在するのでしょうか!?
それでも日本のタイ音楽HPでは殆ど採り上げない現実…哀しい。
タイ音楽HP以外で意外と採り上げているのが魔可不思議!
「ただ歌うだけで」逮捕されたり殺されたりする時代から歌い続ける元祖プアチィウィットカラワン
限りなく続く一本の水牛道!
カラワンはそれを行く牛車のキャラバン!
いつ果てるとも無くその旅は続く!
旅の途中で出会ったら、足を止めて1曲聴いて御覧下さい!
タイでも日本でも!世界各国で!

こちらは、カラワンの日本盤。
さて、そろそろプアチィウィットを別頁に展開せざるを得ない状況になってきました。


個人的に一番来日して欲しいアーティスト"ワイポットペットスパン"。
彼があの世に行くまでに是非とも観てみたい。
最近、タイのアーティストのみならず、亜細亜各国のアーティストが来日している。
それはとても嬉しいことだが、いかんせん招致する側に不純な動機があるような気がする。プアチィウィット関連のアーティストを招致する場合、純粋に音楽的な部分に重きを置いた形だが、タイポップアーティスト、特にアイドルに関して言わせて頂くとすると、明らかに音楽性云々より、「顔」で選ぶケースが多いような気がする。
先日のJ-Asean Popに出演した"アレクサンドラ"しかり、"AB Three"しかり、日本デビューして速攻で消えていった"ブライオニー"などは典型的で、たまたまレーベルの担当者がタイへ赴いた時、CD屋の店頭に並んでいたジャケ写真を観ただけで彼女をデビューさせたという噂がまことしやかに囁かれている。
そんな低俗な視点でものを考えるレーベルから、タイのアーティストがデビューしたところで所詮「下手な鉄砲」である。
こういったことが平然と成されているのは聴衆をナメているともとれるし、ある意味日本以外のアジアは皆同じというレーベルの「オゴリ」があるのかもしれない。
所詮、「たかがアジアの歌手」といったところだろう。
だからカラワンのような極上のアーティストがメジャーな部分で採り上げられないわけで、また本人達も「低レベルなところで自分の音楽を安売りしたくない」と感じ、余計にいい音楽が埋もれてしまうのである。
まず、「音楽とは何ぞや?」この部分を改めて見つめなおしていただきたい。
レーベルのお偉いさんも、聴衆の方たちも…そしていい音楽を持ちながらも埋もれていく極上のアーティストたちも。
そのうちトイレをノックする…
タイ音楽に触れている人の中には垣根の低くさ フレンドリーに応対してくれるので好きだと よく耳にしますが・・・
それがエスカレートすると常識を弁えない輩も 増殖するのが日本人ファンの最大の欠点(汗) 「赤信号皆で渡れば恐くない」の心理。
イベント会場でもカメラやビデオを片手に袖を 占領して、我が物顔で撮影に没頭している輩も居ますが 、多くの純粋にイベントを楽しみに来た人達には 迷惑千番。
ビデオ撮影禁止の張り紙がありながら撮影している 輩など言語同断。 「これでHPに画像沢山掲載出来る〜」と戯言でも 思っている愚か者はファン失格即退場!
そのうちトイレまで追いかけ、ドアをノックする輩が 現れるもの時間の問題か!?
「そんな事まではしないだろう」の常識は 最早通じない。 「心の中まで土足で失礼」の得意な日本人ファンだから! 10代の小僧ならまだマシだが・・・ 社会生活をわきまえているはずの 年齢の人が行動を起こしているのは支離滅裂。
敢えて警告を込めて苦言を訂しました(汗)

プライバシーの関係で画像処理をしています

気をつけます…はい。
私がタイへ旅行したとき、サヤームセンターの1Fなどの野外イベントライブで気軽にアーティストと話したり、サインを求めるタイ人ファンを多数目撃した。
実は私もタイのアーティストは凄く垣根が低いと感じているし、彼らたちは「奉仕も仕事の一環」というエンターティナー然とした姿勢で接しているようだった。
しかし、それらの憶測の下には私と同じ「いちファン」のことは眼中に無く、ただ単に「来るもの拒まず精神」のアーティストたちに甘え、私自身の欲求を満たしていたのかもしれない。
また写真を撮り、サイトで大きく採り上げる事によって、そのアーティストを生で観れなかった人たちにも観て頂けるという"おせっかい"の気持ちで、シャッターを切っていたのも事実である。
ただ、それらはアーノン氏の提言により単なるエゴである事を知り、また純粋に観に来たファンの邪魔でしかないということも痛感させられた。

ここを閲覧される方は私より年上の方が多いので、既に承知のことでしょうが、あなたはどうでしょう?
最近のモーラムはなんぢゃっ!
〜1995年か96年に「タイ伝統音楽」の催しで来日したタイモーラム協会会長のケーン・ダーラオ師匠の一言
「モーラムはラオス語の古いことわざや物語を語るもので最近のモーラムと称するものはモーラムじゃ無い!」と頑固一徹
エエ声〜っと言わんばかりの腹式呼吸でモーラムとはこういうもんじゃと訴える師匠
私はタイ語がさほど分からない(というか殆ど)ので歌詞の内容までは分らないが、タイ語素人の私でも分るくらいの惚れたはれたの歌詞やエロネタも結構多い。
また、世界の民族音楽などでタイの曲を紹介するとき必ず入れられるケーン独奏とともに1コードで攻めまくり、延々と歌うスタイルは浪曲にも似たモーラムは曲調からして確かに今のモーラムとは違う。
しかし、だからといって現代のモーラムシンガー皆が本来のモーラムを忘れたかというとそうではなくその基盤を大切にしながら進化しつつある。
音楽に限らず文化とは日々進化するものであって否定しようともいつかは肯定されるものである。それに古いラオス語などは最近のイサーン生まれでも解らないらしく、こうなることは必至か?
まぁ、ケーンダーラオ師匠は自分が大切にしているジャンルを語るな!と言いたいのだろう
96年に来日を果たしたようで、会場ではこの人お得意のエエ声〜を披露していたようですが観客の反応はイマイチだったそうだ。
「ローカルサウンド最後の砦それがカントゥルム!」
80年代後半地方出身者のバンコクへの出稼ぎ等でどっと押し寄せた そんな中カンボジアに接する地方の音楽もバンコクへ進出して 当時人気のあったスナーリー・ラチャシーマや御大ワイポット・ペッスパンも 「ガーン・トゥリアム・ルークトゥン」などと呼ばれる地域色豊な音楽を歌ったり した。実はこれがカンボジア語で歌われるルークトゥンなんですよね〜〜 そう!「カントゥルム」の事! !
独特の歌メロとソーが奏でる裏メロが心地いいダーキー
カントゥルムといえば前川健一氏の著書「まとわりつくタイの音楽」にも紹介されているダーキーが有名である。2003年1月に他界した彼はこのカントゥルムとロックを融合させ、ソー(ニ胡に似た弦楽器)とクメールポップ界の巨匠"SIN SISAMUTH"などの楽曲で聴かれるようなメジャーともマイナーとも言えないような歌メロで成り立つタイ中心地では決して聴くことのできない印象的な楽曲を聴かせた。
諸説にはルークトゥンも元々クメールがタイを支配していて その後タイ支配に変わった時にタイに捕われたクメール人が 故郷を慕って歌われた説もあると後にアーノン氏からの助言もあった
こちらがスナーリーラチャシーマ。
ラチャシーマは彼女の出身地ナコンラチャシーマからとられている。
現代モーラム・ルークトゥンの発起人は?
モーラムの台頭でルークトゥンの転換期に登場したピムパー・ポーンシーリィーの当時のプロデューサー”ヤイ・アユタヤー”。
ルークトゥンとモーラムを融合して「ルークトゥン・プラヨーク」日本語に訳せば「応用ルークトゥン」とでも言えば良いのか?
もっと簡単に言えばルークトゥンのスタイルでテンポの速いモーラムの2つが合わさった歌でしょう。
86年彼女の最初のヒット曲は「ナーム・ター・ミア・スット」(妻の涙)で主人(夫)がサウジアラビアに出稼ぎに行き故郷(タイ東北部)で大きな家に独り残された妻の寂しさを歌っています。
時代を感じさせるスタイルのピムパー。徹子譲りの声も歳を重ねるごとに艶を増していく...
当HP"モーラム・ルークトゥン第1項"でも紹介しているピムパー。その声は黒柳徹子のような鼻声と度肝を抜かれる演奏、そして美的感覚を疑うようなファッション...それが私にとって最初のモーラム体験だったが、あのピムパーが現代モーラム・ルークトゥンを最初に歌ったとは思いもよらなかった。
最近発売されたものではケーン独奏に重厚なギターとファランモーラム歌手の"KRISTY"に影響を受けたのか、はたまたKRISTYと同じプロデューサーなのかは不明であるが原点回帰している。
ヤイアユタヤー氏が現代モーラム・ルークトゥンの基盤を作り更にジャンルの壁をぶち壊したのが、タイポップ永遠のアイドル"トンチャイ(BIRD)"である。
トンチャイの今の活躍ぶりや、チンタラーの人気復活はヤイ・アユタヤー氏あってのものかもしれない
モーラム歌手の売れる基準
モーラムは基本的にイサーン(タイ東北部)の出身者しか聴きませんが,タイ全土でモーラムを耳にする事が出来るのは、それだけイサーン生まれの人達がタイ全土で暮らしている証拠です。
モーラム歌手の売れる要素は顔が良いか?悪いか?あまり判断基準になりません。声と節回しの上手さで決まります。
バーンイェンは顔も良し声も節回しも良く女王と呼ばれたのでしょう。モーラム・ルークトゥン双方に言える事ですが歌詞の良し悪しも最大の決め手ですね。
モーラム・ルークトゥンも大人の音楽ですから人生の苦しみ等を知り尽くした達人たちには現実離れした内容では意味がありません。生活に密接した内容で現実直視の歌詞になります。ドロドロした人生模様を歌った作品と自身の人生を重ね合わせて共感を呼ぶ曲が好まれます。
愛嬌のあるモーラム・ルークトゥン歌手をタイ、ラオスよりチョイス!
こちらがバンイェーン。写真写りは今一つ
さて、当HPのモーラム・ルークトゥンの項を見ていただきたい。私が好きなモーラム・ルークトゥン歌手自体、あまり売れているような人はいないので上記文に当てはまる歌手は少ないが左記のピムパーやサーティット&ドゥアンペンなぞ顔で売れるはずはない(失礼!)
最近でこそクソガキが子供向けルークトゥンをやったりしているが基本はやはりモーラム・ルークトゥンはタイのブルーズであり、歌い手の人生がそのまま歌に滲み出てくるものである。タイのTVドラマや映画を観た方はわかるだろうが、米国の馬鹿映画のように全てがハッピーエンドで終わることは少なく、そういった人の不幸みたようなものが結構ウケるらしい。
そういえば、タイの新聞でも死体写真が必ず一枚は載っているがそれもその流れか?(笑)
ヌスラットのカッワーリー
カセット発売は100本以上にも及ぶカッワーリーのヌスラット・ファテ・アリ・ハーンは パキスタン北東部生まれ。数年前に死去した。日本にも数回来日した事があります。 まずはカッワーリーに付いてですがいろんな書物を読んだけど イスラム教では歌謡曲自体否定されているのですがその中で イスラム神秘主義スーフィズム派は音楽を容認している異端児派です。 イスラム神秘主義スーフィズム派 は心を集中してトランス状態に陥る事で唯一絶対の神と一体化する事を 目的とする為、音楽を演奏したり踊ったりしている。 戒律の厳しいイスラム教でカッワーリーの地インドやパキスタンが 聖地メッカから離れていたから音楽的にもカッワーリーは存在感を増していたのだと勝手に推測します。 カッワーリーは基本的にタブラ(太鼓)ハルモニウムと ラーリー(手拍子)により序曲部分がはじまり、曲のモチーフと 詩が提示され、そのモチーフを反復しトランス状態へと 導かれていく。
その過程のアドリブ部分にヌスラットの超妙技が 繰り成してゆく凄さが1度聴いたら忘れないのである。 日本盤やビデオも発売されているのでヌスラットのカッワーリーを 聴いてトランス状態に陥ってみるのを良いでしょう。

これがヌスラット。
いい顔してます!
音楽の原点とは崇拝する神との交信や精神高揚などの手段として使われる至って原始的なものである。
同じイスラム教国で有名なインドネシアのバリだけはヒンドゥー教であるが、彼らの有名な民族音楽曲である"ケチャ”もそういった原始的なものでそこで繰り広げられる即興的なリズムもまさにトランスミュージックである。
多分欧米諸国にも探せばあるだろうがドイツのDJがケチャをヒントにトランスミュージックというジャンルを作った事からみても、アジアの民族音楽の素晴らしさが分って頂けるだろう。
アジアの音楽とは人間も他の動物と同じ生き物であり、また人間の真髄を諭すもののようにも感じる。また本来の音楽とは聴き、体を動かすことで現代のようにドラッグなどを使用するまでもなくバッドトリップみたようなものはなく常にハイになれるものである。
音楽の産業化への警鐘
ここ10年位前から失望が日増しに増してくる問題に直面しています
大手製作会社の独占状態になり
音楽も専門家によって製作され、それをメディアが提供しそれを購入するか否かの選択だけの影響になっているような気がするのは私だけでしょうか?
歌詞本来持っている社会的背景や政治的問題とは極端に薄れた内容の作品ばかりで時代性を全く失われた作品が多くなり、それが時代がマッチしていないからいつの時代が解らない。
それに代わって感傷的(私的にはつまらない)な作品のオンパレード&金太郎飴作品の氾濫。
宗教的儀式でも生演奏を使っての演奏から録音物に切り替わる。
音楽生産手段(製作、商品化、販売等)が誰が握っているのかで大衆音楽も左右されるのでしょうね。
大手企業独占の手に委ねた作品と小さなスタジオで地域密着型のマーケットで売られ続ける物とに分類された実態を踏まえて私は後者を買い聴き続けるのだと思うけど・・

歌詞が分らない私的にはその楽曲の部分のみが気になるMOS

彼女達も日本デビューしたが"China More"発表以降は正に金太郎飴

人間が失ってはいけない怒りの感情をいつまでも熱く歌い続ける中国のプアチィウィット「崔健」

これはタイ音楽界に限らず、全世界的に言えることである。
ヘビメタの話になるが、80年代後半くらいから女性のような化粧を施し、脳天気な音楽をやるLAメタルが流行りだした頃もそんな話があったし、当時のラジオ番組で取り上げられる曲もこれがヘビメタか?と思うような曲ばかりだったことを覚えている。
現在は当時聴き入れてもらえなかったハードかつアグレッシブな曲も市民権を得てそれが平然とラジオで流れそこにも金太郎飴化が進んでいる。
高校時代に頭の固い教師に「お前らの音楽はいい音楽ではない。万人にウケる音楽というのが本当にいい音楽だ」と言われ、無性に腹だたしく思ったこともあった。
じゃあ万人に受ける音楽とはなんぞ?
それはメディアが提供し、我々を洗脳していく欧米スタイルの音楽業界が提供する音楽である。
確かにビートルズはいい音楽だろう。そしてルイアームストロングもいい音楽かもしれない。しかし、そこを原点に作られ、大量生産された二番煎じの中にも万人にウケるものがあることを忘れてはならない。それらはメディアによって我々が洗脳され「皆と同じ」意見を持つことにステイタスを感じさせているだけなのかも知れない。
私のこういったコメントもいつの間にか誰かを洗脳しているのかもしれない
言葉の壁を破るマレイ系音楽
最近はプアチィウィット(タイ)しか聴かないが
マレーシアの音楽を少しだけ触れて見たいと思います。
その前にマレーシアを語る場合に非常に重要になってくるのは
マレイ系中国系インド系が混在する多民族多言語国家であることです。
経済から見れば中国系が勢力があるますが、政府の政策等は
もっとも人口の多いマレイ系の政策中心だと思います。
多民族多言語国家ですからいろんな言葉の音楽が存在するので
カセット選びも日本人からすれば興味深々。
又マレイシアも嘗てはイギリス領だった為英語で歌われる音楽には
言葉の壁も少なく多民族多言語国家ながら民族を超えてヒットする
可能性を秘めています。
初期から聴くなら1950代に活躍した
マレーシア音楽の父と呼ばれるP・ラムリー
母と呼ばれるサローマをお勧めします。
10数年前にマレーシア知人から貰ったカセットもP・ラムリーと
サローマだった。
多民族多言語国家で言葉の壁を破りあらゆる人達に指示されると
すれば音楽(音)そのものの力強いスタイル(個性)を
完成させる事が重要なんでしょうね。
日本盤ならボンバーレコードなどでマレーシアの音楽も取り扱って
いるので外資系CD等で購入出来ると思います。

写真とコメント:MALAYU BEAT
サローマは没後20年以上たっているそうで、これはマレーシア芸能の父であるP・ラムリーと、彼の妻で大歌手だったサローマのベスト盤。懐メロっぽい大衆歌謡曲のデュエット。ラムリーの歌唱については“ヘタウマ”という評価も一部あるらしい
全く関係ない話だが、以前カンボジアへ旅行したとき、ドミトリー式の日本人宿に泊まったことがある。そこのロビーに溜まっていた一人の自称バックパッカーがマレーシアの音楽がいいとは言っていたが、その話の前から自慢げに話していたエジプトでピラミッドに登ったやら何やらの国を冒とくするかのような武勇伝がいけすかなく、一時期そいつの好きなマレーシア音楽には全く興味を持たなくなってしまった。
一体ハメを外す事がナンボのもんなんだろうか?最近日本でも今までの常識を打ち破ろうといわんばかりにしょーもないことをする輩が増えているが、私にはそれは白人が横行する米国のいけない面ばかりを見習ってしまっているのではないか?と思う。自己主張すればそれなりのリスクを背負う事になるし、そのリスクを背負わずに物事をしようというのが筋違いである。
日本のバックパッカーの一部の輩のために日本国民全体がアジア全域から非難されるのは遺憾である。
そうならないうちにまともになるよう祈っている
温故知新とは正にこれ!
「タイ音楽の母」と言えばルークトゥン 原点回帰の意味合いで、それぞれのジャンルの人が ルークトゥンカバーアルバムを発売しますが 原曲を大胆にアレンジしたり、原曲を損なわないアレンジ等 千差万別ですが、それぞれのアーティストの個性も見え隠れして 興味深い。コテコテのルークトゥンは苦手な人は ルークトゥン歌手以外の人達のカバーアルバムを1度聴いて 見る事をお勧めします。それでもキツイ人は永遠にルークトゥン を好きになる事は出来無いかも知れない(笑)
プアチィウィット系ロック系のアーティストがルークトゥンのカバーアルバムを出している
チェム・チェムラム(左上)カンピー(右上)
IDフライ(左下)マイ(右下)
古木を訪ね、新しきを知る…こういうことが今のカバーブームに当てはまるかどうかはわからないがこれを機に一部のマニアックなファンが支えてきたルークトゥンやモーラムが注目されている。
考えようによっては彼らの親の世代は当然初期ルークトゥンやルーククルンを聴いていただろうからその影響は多かれ少なかれあるとは思う。
また、自分の好きなアーティストがこういった形でルーツ音楽をカバーする事でその時代をリアルタイムで生きていない人たちにもルーツ音楽の良さを教えていく事ができる。
私はアジアに旅行するまで演歌は勿論、J-popすら毛嫌いしていた洋楽派だった。
それが今ではこんなHPを作るほどアジアや日本の演歌が好きである。
ここ数年で日本の音楽事情も変わり、純粋ではないにしろ沖縄やその他の島唱など日本のルーツ音楽も一部ではあるが注目されてきている。
これから日本も南部地方だけでなく全国域でルーツ音楽を現代音楽に融合させる事によってもっともっと面白くなるのではと思う。
しかし、その反面こういったことがブームで終わるようなら流行らないでほしいと思うこともある。
サブちゃんがあえて他ジャンルとの融合を許さないのもこういう風におもっているのではないだろうか?
ん〜難しい...

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